心と痛みの関係 痛みは「気のせい」ではありません。脳と神経系が痛みにどう関わるのか、そして心理的なケアがなぜ効くのかを解説。
痛みは「気のせい」ではありません。ただ、脳は痛みに深く関わっていて、その仕組みを知ると改善の手がかりになります。
このページは、「あなたの痛みは心の問題だ」と言うためのものではありません。痛みは本物です。書いてあるのは、脳の仕組みを味方につけると痛みを和らげられる、という研究の話です。
このページでわかること
なぜ「心」と「痛み」がつながっているのか(脳の仕組みから)
「恐怖回避」の悪循環と、そこから抜け出す方法
認知行動療法(CBT)とマインドフルネス(MBSR)の効果
「中枢性感作」という脳の変化について
痛みを「破局的に考える」ことの影響
心療内科に行くことは弱さではないということ
痛みは脳がつくり、恐れが悪循環を生む 痛みは「脳」がつくっている・恐怖回避の悪循環 考え方のくせと心理的アプローチ 痛みを大きくする「破局的思考」・研究で効果が報告されている心理的アプローチ 今日からできる5つのこと 1. 睡眠を優先する・2. 「時間ベース」で動く・3. 「痛みの日記」をつける(週2〜3回でOK)・4. 「楽しいこと」をやめない・5. 自分に優しくする よくある誤解と専門家に頼るとき よくある誤解と事実・いつ専門家の助けを求めるべきか まとめと主治医への質問 主治医に聞いてみましょう・主な参考文献 1. 痛みは脳がつくり、恐れが悪循環を生む 痛みは「脳」がつくっている
すべての痛みは、脳でつくられています。
痛みが嘘だという意味ではありません。体のどこかに異常があるとき、その信号が脳に届き、脳が「痛い」という体験をつくります。痛みの「製造工場」は脳です。
脳が「音量を上げる」ことがある
テレビのリモコンを想像してください。痛みの信号は、テレビの「音量」のようなものです。
急性の痛み(ぎっくり腰など):音量は「実際の損傷」に合わせて調整される
慢性の痛み(3ヶ月以上):脳が「音量つまみ」を勝手に上げてしまうことがある
この「音量が上がった状態」を中枢性感作(ちゅうすうせいかんさ)と呼びます。国際疼痛学会(IASP)は、組織の損傷や神経の病気がはっきりしないのに、痛みの感じ方が変化して生じる痛みを「ノシプラスティック痛」という新しいカテゴリーとして認めました。中枢性感作は、その仕組みの一つと考えられています。
中枢性感作が起きると、次のようなことが起こります。
本来は痛くない刺激(軽く触れるだけ)でも痛みを感じる
少しの痛みが、大きな痛みとして伝わる
組織が治った後も、痛みだけが続く
これは気のせいではなく、脳と脊髄の神経系に起きている実際の変化です。
睡眠不足は中枢性感作と深く関わり、ストレスや不安とも結びついていることが報告されています[4]。
恐怖回避の悪循環
慢性腰痛で多く見られるパターンの一つが、「恐怖回避」の悪循環です。
悪循環の流れ
[!note] 恐怖回避の悪循環
痛みを感じる → 「動いたら壊れるのでは?」と恐怖を感じる → 動くことを避ける → 筋力が落ちる、体が硬くなる → さらに痛みが増す → もっと怖くなる → もっと動かない → もっと痛い…[5]
この悪循環は「理にかなった」反応
この反応は、あなたが弱いから起きるのではありません。痛いときに動きたくないのは、体を守ろうとする自然な反応です。
ただ、慢性腰痛では、この守ろうとする反応が逆効果になります。動かないと体は弱くなり、弱くなった体で動くと余計に痛くなって、悪循環が加速します。
悪循環を断ち切るには、少しずつ動く
研究では、恐怖を減らすのに効果的な方法の一つが、少しずつ安全に動くことだと示されています。これを「段階的暴露療法」(だんかいてきばくろりょうほう)と呼びます。
具体的には、次のように進めます。
「痛みが出たら止める」のではなく、「決めた時間だけ動く」
最初は短い時間・軽い動きから
少しずつ時間と強度を増やしていく
痛みが出ても、体が壊れているわけではないと知っておく
2. 考え方のくせと心理的アプローチ 痛みを大きくする「破局的思考」
「破局的思考(はきょくてきしこう)」とは、痛みについて最悪の結果を想像してしまうことです。
例えば:
「この痛みは一生治らないに違いない」
「きっと何か重大な病気が隠れている」
「もう普通の生活はできない」
「誰にもこの痛みはわかってもらえない」
こうした考え方は自然な反応で、あなたが弱いわけではありません。ただ、研究によると、破局的思考には次のような影響があります。
痛みの強さを実際より強く感じさせる
治療への反応を悪くする
日常生活の制限を大きくする
破局的思考は、学習によって変えることができます。その方法の一つが、次の認知行動療法(CBT)です。
研究で効果が報告されている心理的アプローチ
認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、「考え方のくせ」に気づき、それを少しずつ変えていく治療法です。
何をするのか
痛みについての考え方(「動いたら壊れる」など)を見直す
痛みがあっても活動を維持する方法を学ぶ
リラクゼーション技法を身につける
痛みと上手に付き合う方法を練習する
どれくらい効くのか
多くの臨床試験をまとめた大規模レビューでは、次の結果でした。
CBTを理学療法と組み合わせた場合、臨床的に意味のある機能改善が得られた
CBT単独よりも、運動療法との組み合わせがより効果的な傾向がある[2]
マインドフルネスストレス低減法(MBSR)
マインドフルネスは、「今この瞬間」に意識を向ける練習です。
何をするのか
呼吸に意識を向ける瞑想
体の感覚を観察するボディスキャン
痛みを「判断せずに」観察する練習
ストレスに対する新しい反応パターンを身につける
どれくらい効くのか
質の高い臨床試験では、次のことが示されました。
MBSRとCBTの効果に大きな差はなかった
どちらも通常の治療のみと比べて、機能改善と痛み改善の両方で優れていた
MBSRの効果は1年後も持続していた[1]
痛みの神経科学教育(Pain Neuroscience Education)
痛みの仕組みを知るだけで、痛みが軽くなることがあります。
痛みの仕組みを学び、段階的に動きの練習をするプログラムでは、次のことが報告されています。
痛みの改善が報告されている[3]
痛みに関する知識を得ることで、恐怖が減り、活動が増える傾向がある
「知ること」が効く理由は、次のように考えられています。
「痛い=壊れている」という誤解が解ける
MRIの「異常」が正常な老化であることがわかる
脳が「音量」を下げられることを理解する
動くことへの恐怖が減る
マインドフルネスの実践方法(はじめ方)
特別な道具や場所は必要ありません。
呼吸法(1日5分から):
楽な姿勢で座る(椅子でも床でも)
目を軽く閉じる
鼻から息を吸い、口からゆっくり吐く
息が入ってくる感覚、出ていく感覚に意識を向ける
考えが浮かんだら、それに気づいて、そっと呼吸に戻る
雑念が浮かぶのは失敗ではありません。雑念に気づいて戻すこと自体が練習です。
ボディスキャン(寝る前に):
仰向けに寝る
足の指先から順番に、体の各部分に意識を向ける
痛い場所に来たら、「ここに痛みがある」と認識する(判断しない)
ゆっくりと頭のてっぺんまで意識を移動させる
3. 今日からできる5つのこと 専門家の治療を受ける前でも、今日から始められることがあります。
1. 睡眠を優先する
睡眠不足は中枢性感作と深く関わっています[4]。
就寝の1時間前にスマートフォンやテレビの画面を見ない
毎日同じ時間に起きる(休日も)
痛みで眠れない場合は、主治医に相談する
2. 「時間ベース」で動く
「痛みが出たら止める」のではなく、「決めた時間だけ動く」方法に切り替えてみてください。
例:「5分間歩く」と決めて、痛みの有無に関係なく5分で終える
少しずつ時間を延ばす(週に1〜2分ずつ)
痛みが強い日も、短い時間でいいから動く
3. 「痛みの日記」をつける(週2〜3回でOK)
痛みの強さ(0〜10)、その日の活動、睡眠の質、気分を記録
2〜4週間続けると、痛みのパターンが見えてくる
「雨の日に痛い」「寝不足の翌日に悪化する」など、自分なりのトリガーがわかる
詳しくは「腰痛とうまく付き合う 」をご覧ください。
4. 「楽しいこと」をやめない
痛みがあると、趣味や外出を控えがちです。ただ、楽しい活動まで手放す必要はありません。
友人との会話、好きな音楽、散歩、園芸など、小さなことでかまいません
「楽しいことをすると痛みが悪化する」という思い込みを手放す
楽しんだ後に痛みが一時的に増えても、それは「悪化」ではない
5. 自分に優しくする
慢性痛は見えない障害です。周囲に理解されにくいことで、自分を責めてしまうことがあります。
「痛くて動けない自分はダメだ」と思う必要はない
痛みがある中で日常を送っていること自体が、十分な努力
完璧を目指さず、「昨日より少しでも」という気持ちで
4. よくある誤解と専門家に頼るとき よくある誤解と事実
よくある誤解
科学的な事実
「痛いのは気のせいだと言われている」
痛みは本物。脳の仕組みを理解して、味方につけるという話
「心療内科に行くのは恥ずかしい」
痛みの専門家チームに心理の専門家がいるのは、世界標準
「気持ちの問題だから自分で何とかすべき」
専門家の助けを借りるのは、賢い選択
「瞑想は宗教的なものでは?」
MBSRは医学研究に基づく科学的なプログラム
「自分はストレスがないから関係ない」
無意識のストレスや睡眠不足も痛みに影響する
いつ専門家の助けを求めるべきか
次のような場合は、主治医に相談して、心理の専門家への紹介を検討してもらいましょう。
痛みのために以前楽しんでいたことができなくなった
痛みのことを考えると不安で眠れない
「もう良くならない」と感じている
人と会うのを避けるようになった
痛みの薬の量が増え続けている
心療内科や臨床心理士を受診することは、弱さではありません。
5. まとめと主治医への質問 まとめ
痛みは「気のせい」ではないが、脳は痛みの処理に深く関わっている
中枢性感作は脳の「音量が上がった」状態で、実際の神経の変化であり、治療できる
恐怖回避の悪循環は自然な反応だが、慢性腰痛では逆効果。少しずつ動くことで断ち切れる
CBTとマインドフルネスは、通常の治療と比べて機能と痛みの改善が研究で報告されている
痛みの仕組みを知ることで、恐怖が減り活動が増える傾向が報告されている
心理的アプローチを運動療法と組み合わせた方法でも、改善が研究で報告されている
専門家の助けを求めることは弱さではない。世界中の痛み治療チームに心理の専門家がいる
主治医に聞いてみましょう
心理的なアプローチについて主治医と相談する際に、次の質問を参考にしてください。
「私の痛みに、心理的なアプローチは役立ちそうですか?」
「認知行動療法(CBT)やマインドフルネスを受けられる場所はありますか?」
「心療内科や臨床心理士への紹介をお願いすることはできますか?」
「痛みのことが不安で眠れないのですが、相談できますか?」
「運動と心理的なアプローチを組み合わせたプログラムはありますか?」
主な参考文献
利益相反の開示: このウェブサイトの監修医師は、脊髄刺激療法(SCS)を実施する脊椎外科医です。掲載内容は一般的な医学情報の提供を目的としており、特定の治療を推奨するものではありません。治療の選択は、患者さんの状態に応じて、主治医と相談のうえで行ってください。
Cherkin DC et al. "Effect of Mindfulness-Based Stress Reduction vs Cognitive Behavioral Therapy or Usual Care on Back Pain." JAMA. 2016;315(12):1240-1249.
Ho EK et al. "Psychological interventions for chronic, non-specific low back pain." BMJ. 2022;376:e067718.
Bagg MK et al. "Effect of Graded Sensorimotor Retraining on Pain Intensity in Patients With Chronic Low Back Pain." JAMA. 2022;328(5):430-439.
Nijs J et al. "Sleep Disturbances in Chronic Pain: Neurobiology, Assessment, and Treatment in Physical Therapist Practice." Phys Ther. 2018;98(5):325-335.
Vlaeyen JWS, Linton SJ. "Fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal pain: a state of the art." Pain. 2000;85(3):317-332.
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